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歴史

「ストップ結核パートナーシップ日本」へようこそ

予防、診断、治療の近代的な道具立てがそろって50年も経つのにどうして地球上の結核が増えてしまったのでしょうか。結局は「無関心」だった、ということになります。いささか遅まきながらこれに気づいた国際社会は1990年代後半からDOTS(ドッツ)を武器に結核との戦いを、先進国、途上国双方で展開しました。その中で当事国はもとより、それらに関連する官民すべての組織、機関が一つの目標を目指すパートナーとなって、同じ舟(ship)に乗り、結核流行の荒海を漕ぎ切ろう、という運動が起きました。2000年に出帆したStop TB Partnershipの運動です。この世界的な努力の甲斐あって、ごく最近ではようやく明るい将来が見えかけてきたところです。しかしまだまだ手をゆるめるわけにはいきません。

このパートナーシップの「お国版」がいくつもの国で作られています。先進国で真っ先に(2001年)できたのはカナダでした(Stop TB Canada、www.stoptb.ca)。カナダの結核罹患率は人口十万対4(日本の5分の1)ですが、世界の結核問題に対する政府の関与を強めることを目的としてこのパートナーシップができたのです。このなかでカナダは世界抗結核薬基金の最大の資金提供国となり、パートナーシップの議長国となりました。

日本では、1999年の結核緊急事態宣言以来国内の結核問題への関心は幸いにして大変盛り上がりました。それに並行して結核対策の見直しが検討され、新たな出発を果たしました。しかし、「これで一段落」と、無関心に陥ったら大変です。ここでいい加減なことをすれば10年、20年後にツケが来ることは目に見えています。大いに緊張して新しい結核対策の現場への適用を果たさなければなりません。しかも、結核問題は、対策の見直しを始めた8年前よりもさらに眼に見えて手強くなっています。社会的、医学的弱者への集中、集団発生の増加・複雑化等々。これらへの取り組みの大もとはやはり、医療や行政の結核対する意識というか緊張というか、「結核はまだある!」という姿勢でしょう。

一方、日本を含む世界の結核に目を転ずれば、その対策に対する日本の果たすべき役割について考えないわけにはいきません。世界第二の経済大国として日本は国際協力にそれなりの貢献をしなければなりません。具体的に何を、どう、という面でみると、いわば日本のお家芸だった「結核対策」を押し出さない手はないでしょう。

多くの先進国では、国内で発生する結核患者の半分以上が外国人です。日本も近い将来必ずそうなります。近視眼的ないい方をすれば、途上国の結核対策は日本の結核対策になるのです(情けは人のためならず)。もっと重要なのは、世界の結核への関心や関わりは、足もとの結核問題への適切な対応につながる、ということでしょう。

そこでストップ結核パートナーシップ日本の立ち上げとなります。国の内外の結核問題に対して、医療界や行政、そして国民一般の「関わり」「関心」を強化しよう、それを通して「結核のない国、世界を作ろう」というのがこの運動の目標です。そのために、いろいろな持ち場や業務をもっている団体(パートナー)がこのスローガンのもとで大同団結して、大きな声を上げよう、声を掛け合おう、というのが趣旨です。昨年11月発足したばかりですが、今後はパートナーの皆様の経験と智慧、それにガッツをいただいて、着実に一歩づつ前進していきたいと思います。

 
 
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